第九をうたう

今年は、6月頃からベートヴェンの「第九」を歌っている。

第九を歌う市民合唱団に入って、舞台に立つのは中学生以来だ。
あの頃はドイツ語もよくわからなかったし、テノールパートといっても音がかなり高く、変声期の少年にはなかなか苦しかったものだ。ただ歌を歌いたい、第九を歌ってみたいという好奇心にまかせて歌っていたが、舞台に立った時の昂揚感は、いまでも鮮明に憶えている。

あれから20年余り経って、今年の春頃、「そうだ、第九歌おう!」とばかりに思いたち、いくつかの合唱団をサイトで見て、あまりいろいろ調査せずに、ある市民合唱団に飛び込んだ。

初回の練習会に行ってみると、男声参加者は人生の先輩方ばかりで(平均年齢は70歳を超えているかもしれない)、私と同年代、あるいはそれ以下の人は皆目見当たらず、私がおそらく男声最年少だろうという状況で、正直なところ、果たして最後まで練習に参加できるだろうか??と不安を感じなかったわけではなかった。それでもなんとかかんとか、明日(というかもう今日だ!)、本番というところまで来た。

まあ確かに、私は自分が若輩者ゆえ、周囲からなんだか浮いている感じがしているけれど、それでも、歌を歌えるのは楽しいし、いつも練習が終わると、自分自身が蘇る感じがして心地良かった。この心地よさのために毎週毎週(シュウマイ、シュウマイではない)、通っていた気がする。

 

さて、今回歌うのは、ベートヴェンの交響曲第9番。
ベートヴェンと聞くと、昔、小学校の音楽室に掛かっていた、こんな絵を思い出したり、

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♪ジャジャジャジャーン♪という第五交響曲(いわゆる「運命」交響曲)の冒頭を思い出したりして、重く、暗い、悲愴的な作曲家だという印象があるかもしれない。

けれども、第九を歌いながら、あるいは彼の残した他の交響曲や他の作品をいろいろ聴きながら、はたまた彼に関するいくつかの著作を読んで思うのは、彼ってアツい奴で、実はとても根が明るいんじゃないか、ということだ。確かに、ベートヴェンは年をとるにつれて、ひどい難聴になったと言われているし(諸説あるが)、生活も苦難がいろいろと押し寄せてきて、決して安定したものとはいえなかったようだが、そんな中にあっても彼の精神は明るく、力強く前進するエネルギッシュな魂であったに違いないと私は思っている。その精神の迫力には、強く惹きつけられる魅力がある。

彼は、友人ヴェーゲラーに宛てた手紙の中で、こう記している。

「おお、この病気(註:難聴か)から解放されて僕は世界を抱き緊めたい!(中略)僕は運命の喉元を締めつけてやりたい。どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない。―おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!ー寂しい生活、ー否、確かに僕は寂しく生きる性分ではない。」

また他のところでは、次のように残している。
“Durch Leiden Freude”(悩みを突き抜けて歓喜に到れ!)
(以上、出典:ロマン・ロラン『ベートヴェンの生涯』(岩波文庫))

いろいろとモゾモゾ書いてみたが、今日がコンサート本番である(え?もう?)。
ベートヴェンが世界に向かって叫んだように、私も世界に向かって、そう、ほんとうに、全世界に向かって、“alle Menschen”に届くように歌い上げたいと思っている。

Freude!!!とね。

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