『追憶のほんやら洞』

帰りがけ、本屋をふらふらしていたら、
『追憶のほんやら洞』という本に目が留まった。

「ほんやら洞」という懐かしい響きを反芻した途端、
わたしは今出川通の歩道に立つ自らの姿を認めた。

正直なところ、大学の近くにあった「ほんやら洞」へは、2回だったか、せいぜい片手で数えられるほどしか行ったことはない。なんだかうす暗くてこちゃこちゃっとした、それでいて味のあるお店だった。数十年も遡れば、そこここの学生たちが集まり、紫煙をくゆらせ、ギターを掻き鳴らし、やれマルクスだ!やれマックス・ウェーバーだ!、やれ『資本論』だ!やれ『プロ倫』だ!と盛んにやっていたであろうことが想像された。
店の前を自転車で通り過ぎると、どこからともなくカレーの香りがしてきたものだ。

そんな「ほんやら洞」が火事で燃えている!と聞いたのは、確か昨年2015年1月のことだったろうか。時のたつのは早いもので、既に1年半ほどが過ぎ去ろうとしている。

火災のニュースを聞いた時は、驚いたし、とても残念だった。
それは、懐かしい記憶の断片が失われてゆくことの無念さ、ん…もう少し言えば、喪失感によるものかもしれない。

そんなことをあれこれ思い巡らしているうち、
ふと気が付くと、私は先ほどの書店の本棚の前に立っていた。
わたしは、しずかに本を手に取り、表紙をひらいた。

IMG_1776