ダライ・ラマ法王による胎蔵界灌頂へ

 

春である。久しぶりのブログ更新である。

今回は、先日受けたダライ・ラマ14世法王による胎蔵界灌頂のおはなし。

 

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先日、高野山大学で開壇された、ダライ・ラマ14世法王によるチベット密教の胎蔵界灌頂に参加させて頂いた。私は2年ほど前の金剛界灌頂の時も参加の機会に恵まれたので、これでチベット密教の金胎両部の灌頂を法王さまから直接頂いたことになる。

 

今回私は日程の都合上、2日目の早朝に高野山に上って灌頂を受け、その日のうちに帰途につくという、強行スケジュールになったが、灌頂儀式の方も、1日ですべてを終えるというなかなかに密度の濃いというか、内容の濃いプログラムであった。しかも、事前に通知されていた予定変更では、朝から灌頂となっていたところ、会場に入ってみるとさらに変更があり、まずは前日の法話の続きから!ということで、幸いにも法王様の法話もお聴きすることができたのだった。いぇい!♪聞くところによれば前日の法話も、予定より早く始まって、かなり延長なさったというから、法王様の心意気たるや相当なものである。うお、法王様、やる気まんまんー。

 

さて、灌頂の儀式というのは、とても複雑な手順を踏むものであると聴く。私がこれまで数度受けたことのある日本での結縁灌頂でも、私たち受者が参加するいわばクライマックスの部分は一部分であって、そこに至るまでには様々な作法や儀式が行われているという。今回受けたチベット式の灌頂も例外ではなく、多くの儀式・作法によって成り立っているようで、そのゆえなのか、チベットにおいても、こうした胎蔵界や金剛界の灌頂はめったに開壇されないと聞いた。そうであるならば、今回私は極めて貴重な歴史的な機会に立ち会うことができたということがいえるかもしれない(ちょっと大袈裟?—あぁ、大袈裟って大きな袈裟って書くね。いま気付いたよ。仏教用語??)。

 

今回の灌頂は、日程的に確かに過密だと感じた。だがそんな中にあっても、法王様は一つ一つの作法を実に丁寧に修され、時にほっほっと笑われるなどユーモアにあふれ、何よりひとつひとつに心を込めて私たちにお授け下さった。法王様のそのお心には感謝するばかりである。

 

今回、灌頂を通して体験したことや感じたことを心に留めながら、泥の中から透き通るような花びらを静かに広げる蓮華のような、そんな心持ちでこれからの生活をしようと思ったのである。

 
《付記》
今回も、金剛界のときと同様、砂曼荼羅が作られていた。あの精緻さといい、美しさといい、何度見ても、あれは本当にすばらしい「作品」である。この灌頂のために長い時間をかけ、気の遠くなるような細かな作業に尽力されたチベット僧の方々に敬意を表したい。

 

 

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