「ヒロシマというとき」

66年目のヒロシマの日を迎えた。
 
今日もまた蝉がうるさいくらいに鳴く
暑い朝であった。
私の歩く道でも同じように蝉が鳴き響き、
真っ青の空に入道雲がもこもこと立ち上り、
私は「その日」の朝のことを想像した。
 
汗びっしょりになってたどり着き、
テレビを見ると、広島の会場には、
平和の鐘が鳴り響き、祈りの時間が流れていた。
 

**
 

広島の原爆慰霊碑には
「安らかに眠って下さい
  過ちは 繰返しませぬから。」
と書かれている。
 

あの日の光景を目にした人々は、
もう二度とこんな体験はしたくない、
もうこんな思いをする行為は止そうと
固く誓ったろう。
その思いがここに碑文として刻まれたのだろう。
これは私たち被爆国の国民の誓いである。
 

しかし、そんな「二度と」という誓いとは裏腹に
私たちは3度めの悲劇を引き起こした。
 

今日の平和式典で読まれた言葉の
いずれにも出てきていたが、
いうまでもなく、
 

“福島”
 

である。
 

私たちは戦争という手段ではないしろ、
過ちを繰り返したのである。
過ちはもう繰り返さない!と誓ったのに、
あれだけ強く誓ったのに、
繰り返したのである。
しかも、真実が語られず、
被害の実態が詳細に語られず、
いまどうなっているのかすら語られず、
「安全性に問題はない」という虚しい呪文を
横に聞き流して(おそらくその呪文に酔い、
それにかかっているのは
他でもなく発言者たち自身ではあるまいか)、
私たちは恐怖と戦慄、あるいは絶望感の中で、
毎日暗い風に吹かれている。
 

**
 

私の好きな詩の中に、
『生ましめんかな』と並んで
人々に読み継がれている
栗原貞子さんの
『ヒロシマというとき』という詩がある。
 

栗原さんはその詩の最後をこう締めくくっている。
 

「〈ヒロシマ〉といえば
〈ああヒロシマ〉と
やさしいこたえが
かえって来るためには
わたしたちは
わたしたちの汚れた手を
きよめねばならない」
 

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