中道風迅洞さん。

聴くともなく、タクシーのラジオから流れる

NHK文芸選評の「折り込み都々逸」を聴いていた。


雨上がりの街をゆく女子高生たちを

その窓に眺めながら、ふと中道風迅洞さんのことを

思い出した。お元気なのだろうか、と。


何か気になることがあると、居ても立っても居られないのが性分で、

すぐさまケータイでググってみる。

すると、今年の4月にご逝去されたとの新聞記事が出てきた。

お亡くなりになられたんだ。


中道風迅洞さんといえば、

「折り込み都々逸」である。

かつては「とんち教室」などの番組も

手がけてこられたとのことであるが、

私はそれを知る年齢ではないせいもあって、

残念ながら拝聴(拝見?)したことはない。


私の家は昔からラジオfamilyであった。

休みの日の午前中などは専らラジオがかかっていた。

だから、NHK文芸選評の「折り込み都々逸」も

小さい頃から聴くともなく聴いていたのである。



中道さんの番組は、広く多くの視聴者を相手にする

ラジオ番組にしては異例ではなかったか。

冒頭で「おこごと」がある番組など、あまり聴いたことがない。

やれハガキできちんと送ってこいだの、

7775の定型で「34 43 34 5」をきっちり守れだの、

ハガキの裏面(作品の書いてある方と同じ面)に

名前を書くというのを何度言ったらわかるんだ!だの、

「おこごと」は多岐に渡っていたように思う。

もちろん、都々逸も定型文芸であるから、

作品の作り方や、その基礎をきっちり指導なさるのは

当然のことではあるにしろ、それ以外の比較的細かな点の

「わお。そこまで言うかー」といった

「おこごと」もあって、至極まっとうであるが

歯に衣着せぬその言い方がまさに痛快、新鮮、

斬新だったのを覚えている。

その「まっすぐさ」が私は好きだったし、心地良かった。



いつの頃だったか、中道さんは番組を卒業され、

後継の選者に変わられた。

中道さんが出ておられた最後の方の放送で、

酸素ボンベを引っ張って歩いてスタジオまで来るのは

かなり大変だというような話をなさっていたことがある。

肉体的にもたいそうしんどい思いをなさって毎月

番組に通われていたのだろうと推察する。


いつしかのそんな話をおぼろげながら覚えているから、

中道さん、お元気だろうか、などと

お会いしたことも、番組に投稿したこともないのに

ふと思いが巡ったのであろうか。


2ヶ月ほど前、御年92歳でお亡くなりになられたとのこと。

ご冥福をお祈りする次第である。


そんな思いをめぐらせていたら、

タクシーが動き出した。

たかだか数十秒のことである。

女子高生らはタリーズの前で喋っている。

ラジオではまだ、作品の紹介が続いている。


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