雲堂再開。

先日ブログで書いた、座禅アプリ「雲堂」がrestartしていたのである!
いまごろ気づいたのである!

進化するにつれ0に近づくという話にもあったように、警策機能は無くなり、twitter連携もなくなりシンプルになった。残っている機能は必要にして十分であるように思う。

強いて言えば、全世界で「雲堂」を使って座禅している人の累計も取ってしまってもいいのかもしれない。わたし自身の累計(回数・時間)があれば。
座禅を通じてわたしがどのような時間を過ごしたかを、少しだけ振り返ることができれば、それで十分であるように思うのだ。

一日を終えて自分の中心にもどるとき、
再びこのアプリがお供をしてくれることは、喜びである。

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「雲堂」が再始動するんだって。~ゼロに戻るということ~

久しぶりのブログ更新。
2月である。と思っていたら、3月になっちゃった。まだまだ寒い日があるけれど、私は2月から3月はじめ、肌寒いこの早春が好きだ。光はまだ頼りなく、風も冷たいけれど、しかしたしかに、それらに春が薫っている。植物も来るべき春への支度を始めている。生命の息吹を感じる大好きなひとときだ。

さて、座禅アプリ「雲堂」が再始動するのだそうだ。
私はつい先日、下に貼付したyoutubeを見つけたのだが、アップロードされた日からすると、もう半年程前に発表になっていたようである。

「雲堂」(うんどう)という名前を初めて聞く方もあるかもしれないが、この「雲堂」は、2010年に、超宗派のお坊さんたちで作るネット寺院「彼岸寺」発のスマホアプリとしてリリースされた。
簡単に言ってしまえば、座禅タイマーである。
だが、単にタイマーというに留まらない、いろいろなアイデア、機能が詰まっていた。初めての人でも気軽に座れるように、座り方や呼吸の仕方のガイダンスがあったり、禅堂で僧侶にバシッと打たれる警策を疑似体験できる機能があったり、時間が経つにつれゆらめくお線香が短くなっていくフラッシュがあったり、ガイダンス動画を見ることができたり、はたまたtwitter連携していたり。
よくできた、“楽しい”エクササイズアプリだったのである。

しかし、iOSが10から11になったとき、更新がストップしてしまい、現在のiphoneでは使えなくなってしまった。好きなアプリであったし、私は、一日を終えた真夜中2時とか3時とかに、自分の中心に戻るべく人知れず座っていたから、使えなくなってしまってからは非常に残念な思いで現在に至っている。

そんな「雲堂」が近々再始動するらしいのである。うわお。 早くリリースされないかな♪と首を長くしている昨今。

さて、そんな再始動を教えてくれたこの動画だが、対談の中で興味深いことを語っている。徐々にアップデートならぬダウンデートを行い、ゆくゆくは「バージョン0.0、ユーザ0」にしたいという話が出てくるところである。
進歩することは良いことだという暗黙の時代の大波の中で、意識的に機能を削ぎ落としてエッセンスのみを残していく。そしていつしか、アプリそのものをも削ぎ落として「雲堂」が無くなっても、流れ行く社会の濁流の中で、皆が僅かな時間にでも静かな時間を持つことが習慣となり、いつでも本来の自分に戻る、まさに“undo”とともにある時代を求めるのは共感できるところである。その意味においては、ダウンデートは消極的な行為ではなく、むしろ積極的な行為なのだろう。進化する「雲堂」というか。

“undo”、“削ぎ落とす”ということを考えているうち、いつしか私は能楽を想起した。
能楽は、まさに有象無象のものを悉く削ぎ落とし(しかも積極的に)、エッセンスだけになってしまった芸術である。
舞台装置という点でも能は徹底している。ご存知のように、能舞台には歌舞伎や新劇のように緞帳というものが無い。見物は、最初何も無い舞台を見ながら開演を待ち、次第にどこからともなく聞こえるお調べと登場人物たちが織りなす物語に心奪われ、ときに興奮し、そして後シテの神々や霊たちが一瞬の華を見せたのちにそれぞれの場所に還っていく姿を見送って、再び私はひとり何もない舞台に戻ってくる。私はわたしの静寂な場所に戻ってくるのである。
この夢か現か判然としない夢幻の世界から、何も無い空間にひとりいる、わたしに戻ってくる感覚は、座蒲に座って目覚めたときの感覚と似ている気がする。
(ゼロに戻るという点は、もう少し思索する必要があるような気がしている。)

「雲堂」が再び利用できるようになることを待ち望んでいる。

ことしもおわり。2017。

平成29年も終わりである。
今上陛下も再来年退位されるというから、平成そのものもそろそろ終わりである。

さて、そんな平成29年。
今月清水寺で発表された今年の漢字は、「北」だそうだ。

私の1年は、と考えて出てきた漢字は、
「伸」。

1.先日、年に一度の健康診断で、身長が1cm伸びていたから「伸」。
2.昨年のベートヴェン『第九』引き続いて、今年は更に先へ伸ばして、モーツァルト『レクイエム』を歌おうと試みたから「伸」。
(モツレクは、モーツァルトの命日にウィーン。シュテファン大聖堂で歌いたかったけれど、結局、諸々の諸事情により断念してしまった。)
3.会社で私がリーダーをさせて頂いている部署の、今年の業績が飛躍的に伸びたから「伸」。
4.今年、切っても切っても髪の毛がどんどん伸びたから「伸」。
5.先程食べていた年越しそばが少し伸びていたから「伸」。

こうして考えてみると、今年はいろいろな意味で伸びた一年だった。

来年はどんな一年になるだろう。
大きく飛躍する、よい一年になる予感がする。

ことしもおわり。
また来年!!

ことしもおわり。

夕暮れて、
夜もだんだん更けてゆき、
今年もだんだん更けてゆく。

平成28年も、もうじきおわり。

今年も変化に富んだ一年だったな。
別れはほとんどなかった記憶だけど、
新たなる出会いがあったり、
一歩を踏み出す経験があったり、
世代を超えて歌をうたったり、
ン十年ぶりの再会があったり。

一年のおわりに熱い珈琲と深呼吸をして、
ちょっとひといき。

さて、今年が終わると休みなくやってくる来年だが、
平成29年は今年以上に、もっともっと変化に富んだ
豊穣な一年になるだろう。

そんな気がしている。

2017年が国内でも世界の各々の地域においても、
身近なみなさんにとっても、
穏やかで光あふれる一年になりますように。

お。来年の足音が聞こえてきたようだ。
聞こえるでしょ。
みなさん、よいお年を。

第九をうたう

今年は、6月頃からベートヴェンの「第九」を歌っている。

第九を歌う市民合唱団に入って、舞台に立つのは中学生以来だ。
あの頃はドイツ語もよくわからなかったし、テノールパートといっても音がかなり高く、変声期の少年にはなかなか苦しかったものだ。ただ歌を歌いたい、第九を歌ってみたいという好奇心にまかせて歌っていたが、舞台に立った時の昂揚感は、いまでも鮮明に憶えている。

あれから20年余り経って、今年の春頃、「そうだ、第九歌おう!」とばかりに思いたち、いくつかの合唱団をサイトで見て、あまりいろいろ調査せずに、ある市民合唱団に飛び込んだ。

初回の練習会に行ってみると、男声参加者は人生の先輩方ばかりで(平均年齢は70歳を超えているかもしれない)、私と同年代、あるいはそれ以下の人は皆目見当たらず、私がおそらく男声最年少だろうという状況で、正直なところ、果たして最後まで練習に参加できるだろうか??と不安を感じなかったわけではなかった。それでもなんとかかんとか、明日(というかもう今日だ!)、本番というところまで来た。

まあ確かに、私は自分が若輩者ゆえ、周囲からなんだか浮いている感じがしているけれど、それでも、歌を歌えるのは楽しいし、いつも練習が終わると、自分自身が蘇る感じがして心地良かった。この心地よさのために毎週毎週(シュウマイ、シュウマイではない)、通っていた気がする。

 

さて、今回歌うのは、ベートヴェンの交響曲第9番。
ベートヴェンと聞くと、昔、小学校の音楽室に掛かっていた、こんな絵を思い出したり、

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♪ジャジャジャジャーン♪という第五交響曲(いわゆる「運命」交響曲)の冒頭を思い出したりして、重く、暗い、悲愴的な作曲家だという印象があるかもしれない。

けれども、第九を歌いながら、あるいは彼の残した他の交響曲や他の作品をいろいろ聴きながら、はたまた彼に関するいくつかの著作を読んで思うのは、彼ってアツい奴で、実はとても根が明るいんじゃないか、ということだ。確かに、ベートヴェンは年をとるにつれて、ひどい難聴になったと言われているし(諸説あるが)、生活も苦難がいろいろと押し寄せてきて、決して安定したものとはいえなかったようだが、そんな中にあっても彼の精神は明るく、力強く前進するエネルギッシュな魂であったに違いないと私は思っている。その精神の迫力には、強く惹きつけられる魅力がある。

彼は、友人ヴェーゲラーに宛てた手紙の中で、こう記している。

「おお、この病気(註:難聴か)から解放されて僕は世界を抱き緊めたい!(中略)僕は運命の喉元を締めつけてやりたい。どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない。―おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!ー寂しい生活、ー否、確かに僕は寂しく生きる性分ではない。」

また他のところでは、次のように残している。
“Durch Leiden Freude”(悩みを突き抜けて歓喜に到れ!)
(以上、出典:ロマン・ロラン『ベートヴェンの生涯』(岩波文庫))

いろいろとモゾモゾ書いてみたが、今日がコンサート本番である(え?もう?)。
ベートヴェンが世界に向かって叫んだように、私も世界に向かって、そう、ほんとうに、全世界に向かって、“alle Menschen”に届くように歌い上げたいと思っている。

Freude!!!とね。

ぐるぐるしながら ―しりあがり寿氏『回転展』―

先日まで、県内の美術館で開催していた、しりあがり寿さんの「回転展」を観に行った記録である。

***

ずっと観たい観たいとは思いながら、なかなか行けないなー。いつ行こういつ行こうかなーと思っていて、日にちが過ぎていた。ある午後、なんとなくウェブを見ていたら、その日はなーんと夜間開館で20:00まで美術館が開いていた!!

もうじき会期が終わってしまう!!これは行かぬテはなかろうと、即断即決で行くことに決めて家を飛び出した。

***

さて。
前情報ではいろんなものが回っているよーと聴いてはいたが、実はわたくし、あまりしりあがりさんの作品ってよく存じ上げなかったので、イマイチイメージが掴めなかった。

しかし、会場に入って、漫画の原画などに圧倒されて、2階の展示室に入った途端、いろんなものが、たしかに、そう、確かに、回転していたのである。ぐるぐる。ぐるぐる。

回転している間だけが芸術というヤカンのまわりをぐるぐるしながら、やかんが回転しているのか、はたまたわたしが回転しているのかわからなくなるという、やや倒錯的な状況に陥ってみたり、身近な日常品たちがぐるぐるしている白い部屋の真ん中で、ひとりぐるぐるしているうちに、わたしも小物たちの一部に同化していくようなトランスな感覚になったりして、なんだか哲学的な気分になってきてひとり楽しくなってきたのである。

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考えてみれば、私たちの地球もぐるぐるしているから、風が吹いたり、四季の変化が起こったり、社会が動いたりしている。地球が自転をやめ、公転をやめてしまったら、私たちは生きていけないのかどうかはわからないけれど(小学生の頃、「地球が止まったら、おれたち死ぬねんぞ―」などと言っていた記憶があるんだけど。)、少なくとも、現在のような環境ではいられないのだろう。もっとも地球が自転しなかったら、昼夜はなくなるよね。日本もずっと昼間か、ずっと夜になっちゃうね。そうだとすると、ぐるぐるするということは、私たちにとって根源的に重要な営みだということになりそうである。したがって、血液氏がわたしたちの体の中をぐるぐるしてくれているから、私たちが生きていられるなどということを敢えて出すまでもなく、お抹茶の横で羊羹がぐるぐるするのも、えびふりゃーがぐるぐるするのも、床の間の軸がぐるぐるするのも、宇宙にとって重要な営みなのだろう。

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スライドショーには JavaScript が必要です。

 

そんなことを考えながら、へえ、“いもかわうどん”なんて初めて聞いたななどと思いながら障子漫画を見ていたら、はーい!閉館ー!!という時間になったので、歩いても歩いても距離の変わらぬ透き通った三日月と一緒に、夜寒の風に吹かれて(blowin’ in the wind)駅へと足を早めたのであった。

この展覧会、このあとどこかに巡回するとのこと。もう一回見に行こうかな♪

*回転する羊羹の動画はこのブログに付けられないようなので(無料版では動画が付けられないっぽい)、twitterか何かに載せることにしましょうか。

『追憶のほんやら洞』

帰りがけ、本屋をふらふらしていたら、
『追憶のほんやら洞』という本に目が留まった。

「ほんやら洞」という懐かしい響きを反芻した途端、
わたしは今出川通の歩道に立つ自らの姿を認めた。

正直なところ、大学の近くにあった「ほんやら洞」へは、2回だったか、せいぜい片手で数えられるほどしか行ったことはない。なんだかうす暗くてこちゃこちゃっとした、それでいて味のあるお店だった。数十年も遡れば、そこここの学生たちが集まり、紫煙をくゆらせ、ギターを掻き鳴らし、やれマルクスだ!やれマックス・ウェーバーだ!、やれ『資本論』だ!やれ『プロ倫』だ!と盛んにやっていたであろうことが想像された。
店の前を自転車で通り過ぎると、どこからともなくカレーの香りがしてきたものだ。

そんな「ほんやら洞」が火事で燃えている!と聞いたのは、確か昨年2015年1月のことだったろうか。時のたつのは早いもので、既に1年半ほどが過ぎ去ろうとしている。

火災のニュースを聞いた時は、驚いたし、とても残念だった。
それは、懐かしい記憶の断片が失われてゆくことの無念さ、ん…もう少し言えば、喪失感によるものかもしれない。

そんなことをあれこれ思い巡らしているうち、
ふと気が付くと、私は先ほどの書店の本棚の前に立っていた。
わたしは、しずかに本を手に取り、表紙をひらいた。

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